肘をついて転倒すると骨折しやすい「肘頭」という部分があります。
読み方は肘頭骨折「ちゅうとうこっせつ」です。
この肘頭部の骨折では手術後のリハビリが上手くいかず、肘の関節が固まって動かなくなる事が非常に多い場所です。
肘が固まってしまい、少ししか動かない状態で悩んでいる方が多いと思いますので、ここでの内容が少しでも参考になれば嬉しいです。
そのためここでは一般的な肘頭骨折のケースについて見ていきます。
肘頭 (ちゅうとう) とは?
肘頭 (ちゅうとう) はひじを曲げた時に出っ張る硬い骨の部分です。
この骨は尺骨 (しゃっこつ) と呼ばれ、肘から手首までの間にある2本の骨 (尺骨と橈骨) の部分を合わせて前腕 (ぜんわん) といいます。
尺骨は上腕骨を後ろから包むように関節していて、この部分が動く事で肘の曲げ伸ばしが行われます。
尺骨の肘頭は非常に固く、格闘技などでも脅威となる部分ですが、逆に転倒時などでは地面に直接衝突する事が多く、骨折も多発します。
骨折する原因は?
大半が自転車やスポーツなどで肘から転倒して骨折します。この場合は肘を曲げた状態で地面に強く衝突します。
もう一つの原因は肘を伸ばした状態で転倒し、手を強く地面に衝いた時に肘頭が折れる事があります。
これは、肘を伸ばした時に肘の関節が反るような女性に多く見られ、手をついて転倒した際に地面からの衝撃が手から肘へと伝わり、上腕の骨と肘頭が強く衝突して骨折します。
上の画像は肘頭部が骨折し、その骨片が上腕三頭筋に引っ張られて離れてしまった典型的な例です。
骨折部 (肘頭) の断面が引っ張られた事が分かるように引き裂かれているのが見て取れるかと思います。
この上腕三頭筋が強く引っ張る力により肘頭骨折が起こることもあります。
通常、体の骨が出っ張った部分には筋肉が付いていて、この筋肉を収縮させる事で関節を動かす事ができます。
肘頭には「上腕三頭筋 (じょうわんさんとうきん) 」という筋肉が付いています。
肘頭骨折ではこの上腕三頭筋が非常に重要なポイントになります。
上腕三頭筋の役割
肘頭骨折では上腕三頭筋を詳しく知る必要があります。
上腕三頭筋の大きな役割は「肘を伸ばす」事です。反対に肘を曲げる筋肉は「ちからコブ」と言われる上腕二頭筋 (じょうわんにとうきん)です。
「三頭筋」や「二頭筋」と呼ばれる理由は1つの筋肉が三股や二股に分かれているかどうかで、見たまま単純な名称となっています。
また、上腕三頭筋の3つに分かれた部分をそれぞれ「長頭」「内側頭」「外側頭」と呼びます。
上腕三頭筋の機能について詳しく知りたい方のために筋肉の作用をまとめておきます。
起始 | 停止 | 作用 | |
長頭 | 関節下結節 | 肘頭 | 上腕内転 |
内側頭 |
上腕骨後面橈骨神経溝下部 内側上腕筋間中隔 |
肘頭 | 前腕伸展 |
外側頭 |
上腕骨後面上部 外側上腕筋間中隔 |
肘頭 | 肘関節包を張る |
このように上腕三頭筋は収縮して (縮んで) 肘頭を引っ張る事で肘を伸ばす作用を行なっています。
肘頭骨折の問題点として、この上腕三頭筋が折れてしまった肘頭を引っ張ってしまい、骨折した骨と骨の断面が離れてしまう事が挙げられます。
手術するかどうか
肘頭骨折では骨折した部分が上腕三頭筋の影響で引っ張られてしまい、折れた部分が離れる事が非常に多く見られます。
骨折した骨同士が再びくっつくには、折れた部分を出来るだけ隙間なく接するように固定しなければなりません。
肘頭骨折では骨折面が離れてしまうと、この骨がくっつく条件を満たせないために手術適応となります。
ただし、骨折面が離れていないものは手術せずに固定のみでの治療は可能です。
では、骨折面が離れてしまった場合は手術しかないのでしょうか?
実は少し痛みを伴いますが、整復操作と言いまして、上腕三頭筋を緩めるために肘を伸ばした状態で肘頭を元の位置に手で皮膚の上から戻す事が可能です。
それでは手術しなくてもいいのでは?と言われると思いますが、手術しない場合のリスクがいくつかあります。
手術しない場合のリスクとして、整復操作で近づけた骨折面の間に骨以外の組織が挟まってしまうと骨がくっつかなくなってしまいます。
また、ギプスやシーネなどによる関節の固定期間が長くなり、本格的なリハビリ開始時期が5週間程度からと遅くなるため、関節拘縮 (関節が固まり動かなくなる) した状態のまま治る心配があります。
反対に手術を行えば骨を鋼線や針金で固定できるので比較的早期からリハビリが可能となります。
手術する場合としない場合のメリットとデメリットを表にまとめます。
メリット | デメリット | |
手術する | 早期からリハビリ可能
固定期間が短くてすむ 骨折面がズレにくい |
傷が残る
感染症のリスクがある 1年後に金具を取る手術が必要 (取らないこともある) |
手術しない | 傷が付かない
感染症のリスクなし |
固定期間が長くなるため関節が固まってしまう
リハビリの進行が遅くなる 変形して治る可能性がある |
敢えて手術しない場合
1.若い女性
手術しない選択のケースとしましては、まず女性です。特に若い女性は跡が残るため出来るだけ体にメスを入れたくないので、可能であれば保存療法 (手術しない方法) を選択します。
ただ、現在では皮膚のシワに沿って切開し、細めのナイロン糸で縫合して傷を可能な限り目立たなくするようになりました。
他にも皮膚の中は通常通り溶ける糸で縫合して皮膚の外側を細いテープ (ステリー) で止めていく方法もあります。
ホッチキス (ステープラー) が意外と傷跡がキレイという先生もいらっしゃいます。
以上のことから女性に対しても手術が選択されるようになってきています。
2. 持病がある場合
糖尿病や血が止まらない、高齢者で全身麻酔に耐える事に不安がある場合は出来る限り保存療法で行います。
3. 折れた骨が離れていない場合
骨折した肘頭が上腕三頭筋に引っ張られる事なくそのまま元の位置であれば、上手く固定 (肘の関節を伸ばして) する事で手術を回避できます。
ただ、この場合でも後日、骨折面がズレてしまうと手術となります。
リハビリの重要性
体の中でも肘の関節は骨折すると、とにかく固まって動かなくなりやすい場所になります。
つまり、関節拘縮して動かない状態となりやすく、リハビリも痛みが強いためになかなか進みません。
いくら手術が上手くいってもリハビリがダメなら治っていないのと同じことです。
骨だけくっつけばオッケーではなく、リハビリを含めてオッケーかどうかが決まります。
リハビリはとにかく毎日行って下さい。その際に肘頭骨折に関しては自分だけではまず無理です。
自分でやると、どのくらい、どうやって、どこまで動かして良いかが分からないため、結局は肘を動かしてるつもりでも肩が動いているだけだったなんて事は多々あります。
そのため自分自身や家族だけではなく、出来る限り専門のリハビリを受けてください。
肘頭骨折 (他の骨折でも) では、手術をするかしないかでリハビリを始める時期や動かせる強さなどが全く違ってきます。
痛みを感じる重要性
肘頭の骨折で手術後のリハビリは痛みが強い事が多く、先述のように急がなければ関節が固まってしまいます。
ですが、この痛みを感じる事がリハビリでは非常に重要で、無理な力で体が壊れる前に阻止する大事な防御反応となります。
そのことを証明する出来事を以前聞いたのですが、転院してきた患者様が以前の病院で担当の女性医師の診察を受けました。
その患者様は術後のリハビリが思うように進んでおらず、関節がかなり固まっていました。
その医師が診察時にその場で肘に麻酔注射を打ち、強引に曲げ伸ばしを行ったそうで、その結果、関節が腫れて激痛のためそれ以降も全く動かせない状態となりました。
この事から痛みを確認しながらのリハビリは非常に重要であることが分かります。ただし、弱すぎるリハビリもダメで、その加減はリハビリ担当者の経験値に掛かっています。
肘頭骨折の治療法
保存療法 (手術しない方法)
骨と骨が接している場合や整復操作で骨片を元の位置に戻せた場合、骨折した骨のカケラが複数になっていない場合などは保存療法で治療する事が可能です。
肘頭骨折では上腕三頭筋が肘頭部を引っ張ってしまうので、通常なら肘の良肢位 (りょうしい) は直角に固定しますが、この場合では肘を伸ばし気味に固定します (軽度屈曲位) 。
良肢位とは、主に骨折などで関節を固定した際に最も日常生活に不自由の少ない角度です。
肘では直角、手はボールを軽く握った状態など各関節に決まった位置があります。
肘頭が折れた部分から離れてしまったものは徒手整復(としゅせいふく / 手で折れた骨の位置を戻す事)が必要です。
徒手整復では肘を少し伸ばした状態で、肘頭を手首の方向に強く圧迫します。
その状態で肘を直角よりやや伸ばした状態でギプスシーネ (当て木) で上腕から手首を含め手のひらまで固定し三角巾で吊ります。
保存療法の場合、固定期間は5週間程度はかかります。勘違いしやすいのは、手術をしてもしなくても骨がくっつく期間は同じです。
つまり手術では折れた骨を金具で止めているため、固定期間中に骨がズレにくいというメリットがある以外は手術をしても5週間程度の要注意期間は必要です。
この骨折に限らず手術で固定しても骨がくっつく前に安心して無理に動かすと、中で金具が曲がったり骨がくっつかなくなる危険性があります。
以上のことから手術をしない場合の一例として、リハビリ開始から治癒までの流れは次のようになります。
折れた骨が離れている場合は必要に応じて整復します。
ギプスシーネ固定後も指の関節は動かせる状態なので、この時期より他の関節が固まらないようにと、腱などの癒着 (ゆちゃく) を防ぐために直ぐに指の曲げ伸ばしのリハビリを始めます。
骨折した部分はこの時期まだ動いて骨がズレてしまうので、肘の角度を動かさないようにかなり慎重に行います。
受傷から1週間も経過するとこれ以上は腫れないので (むくみは出ます) 、ギプスシーネからより固定力の強いギプス固定 (グルグル巻きのギプス) に切り替える事もあります。
この時期から少しずつ指と同様に手首も動かすようにします。(肘はまだ動かしません)
仮骨が出ていなければ固定期間は更に長くなり、リハビリも遅くなっていきます。
グルグル巻きのギプスにしていた場合、ギプスを半分にカットしてギプスシーネとし、今後は背側だけ使用します。
ギプスシーネを外した後は自分の力で肘の曲げ伸ばしをするリハビリと並行して、専門家 (理学療法士など) の他動運動 (自分以外の人に動かしてもらう) によるリハビリを痛みを確認しながら根気よく行います。
以上のように保存療法では慎重さが必要で、肘自体のリハビリ開始時期も遅くなるため、固定期間やリハビリそれぞれのタイミングが重要です。
仮骨が出なければどうするのか?
骨折した部分に新しい骨である「仮骨 (かこつ) 」が出なければ固定期間が伸びるとありますが、もし仮骨が出なければどうなるのでしょうか?
骨折してから6ヶ月以内に仮骨が出なければ偽関節 (ぎかんせつ) と言いまして骨がくっつかないまま治ってしまいます。
骨折した場所にもよりますが肘頭骨折の場合は偽関節となると非常に日常生活に支障が出ます。
そのため、仮骨が出ないと確定されれば骨折した部分に骨移植を行います。
偽関節について詳しくはこちら ⇩
骨折した骨がくっつかない理由は?偽関節の骨移植治療
観血療法 (手術での治療)
手術する場合、単純に骨が折れたものと複数の骨に割れてしまったもので固定器具が異なります。
肘頭骨折の種類には単純に折れたものや粉砕して折れたもの、合併症が生じたものなどを区別するため「Colton分類」や「Mayo分類」を利用することがあります。
固定器具にはテンションバンドワイヤリング(TBW)やプレート固定があります。
単純に骨が折れたもの
テンションバンドワイヤリング(引きよせ鋼線締結法 / TWB)が使われます。
このTWB法は二本の鋼線で肘頭を固定し、さらに併用としてワイヤーで8字に締結して固定力を高める方法が一般的です。
この固定方法は骨折した骨の安定性が良く、早期からのリハビリや固定期間の短縮を可能としています。
複数の骨に割れたもの
肘頭部の骨が骨折時に複数に割れてしまったものはプレート固定が選択されることがあります。
これは、骨折した肘頭を整復してもとの位置に戻し、プレートを骨に当ててネジで数か所止める方法です。
ただし、高齢者や金具が神経に近い場合などそのまま取り除かない事もあります。
観血療法 (手術) の治療の一例としては次のような流れになります。前述の保存療法と比較してみて下さい。
この際、ギプスシーネから出ている指の運動は関節の固まりを防ぐためとむくみ予防のためすぐに行います。指の運動はグーパーの繰り返して大丈夫です。
リハビリは指のグーパーは引き続き行い、ギプスシーネを外して自動運動 (自分自身の力で動かす) を行います。
グーパー以外にも手のひらを返す回内、回外もしっかり行います。
痛みのない範囲で少しずつ肘を曲げ伸ばしして行きます。
また、手術後3週間では骨はくっついていないため、慎重に他動運動 (他人に動かしてもらう) を行います。
ここで無理に動かし過ぎると手術で入れた鋼線などが曲がってしまう事があります。
固定力によってはもっと早くからギプスシーネを外す事もあります。
ただし、固まった関節を一度に無理に動かし過ぎると関節炎を起こし熱を持ったり痛みが引かなくなる事があるので状態をしっかり確認しながら進めて行きます。
このように手術で固定すると保存療法よりも早期に関節を動かす事ができる上、抜糸後の入浴も可能となり日常生活の制限が少なくて済みます。
まとめ
肘頭骨折は関節が固まりやすく、リハビリの回数が少ないと真っ直ぐに伸びない上に曲がらない肘となってしまいます。
出来るだけ早期に動かす事が完治への近道ですが、半年以上経過したものでもしっかりリハビリを行えば動くようになるケースも多いので、決して諦めない事です。